【要約】
- ヒトは狩猟採集生活をしていた頃から進化していない。未だに、3万年前の生活に適応した生物である。
- 動物園の動物は、人に特有と思われている、自傷行為、育児放棄、我が子への虐待、自慰行為、同性愛、(同種間での)大量虐殺、自殺などという「罪深い行動」をする。
- 人間が「罪深い行動」をするのは、本来ヒトが適応していた環境から引き離され、「文明/都市」という檻に入れられたからであり、人間が元々「罪深い」のではない。
人はなぜ苦しむのか。それに関し、進化学が示唆する一つの視点を紹介してみたい。
生物としてのヒトは、3万年くらい前から進化(環境への適応)をしていない。勿論、学説によって2万年であったり5万年であったりするが、文明以前の状態から進化していないという見解は、殆どの研究者の一致するところだと思われる。
これは何を意味するか。端的に言ってしまえば、ヒトという生物は、3万年前にそうであったように、現在でも依然として
- 温暖で開けた、サバンナや疎林といった土地に住み、
- 狩猟採集によって栄養を摂り、
- 血縁を中心とした小さい集団で生活し、
- 広い行動範囲を探索しながら生きる
- 寒暖乾湿の著しい全世界のあらゆる土地に住み、
- 労働によって得た富で、肉食と穀物中心の食物を購入して栄養を摂り、
- 過密状態で、多くの知らない個体に囲まれて過ごし、
- 特定の狭い拠点のみで生活する
しかし、それの何が問題なのだろうか。多くの人は、仮にヒトという生物の基本的設計が3万年前の生活に基づいていたとしても、現在のヒトは、既に都市型の生活スタイルに「文化的に」適応しているのであるから、今さら「ヒトの生物学的基本様態」など何の意味もない、と考えているのではないだろうか。
しかし、本当にそうだろうか。ここで動物園の動物に目を転じてみよう。動物園の動物も、その基本的な生息環境から大きく引き離されて生きる生物である。具体的には、
- 生息環境よりも暑すぎたり寒すぎたりする気候の下で、
- 定期的でバランスの取れた餌により栄養を取り、
- 過密状態か、または極端な孤独の状態で過ごし、
- 狭い檻の中で退屈に一生を過ごす
動物園の動物たちは、まさしく抑圧されているのであり、そのために本来彼らが持っている性質を変質させられているのである。例えば、動物園にいるゴリラを見たことがある人は、檻の中をぐるぐると回り続ける行動も目撃したことがあるかもしれない。ああいう行動は、ゴリラは本来行わない行動である。自然状態のゴリラはもっとゆったりしており、一つひとつの行動に意味があり、好奇心旺盛である。動物園のゴリラは、まるで人間のように殺伐とし、無目的でいる。
一方で、動物園の動物たちは、その抑圧された環境下において、安全、安定した食糧供給、配偶者(特殊な動物でない限り)などが自動的に与えられる。だから、自然環境下よりもだいたいにおいて長生きする(勿論、例外も多い。例えば、オルカ(シャチ)などは相当短命になる)。一生を生きにくい環境で過ごす代わり、長生きできるのである。
こういう動物園の動物を見ると、人間は、まさしく動物園に入れられた動物ではないかと思えてくる。人間には檻はないけれども、「文明/都市」という檻が我々を取り囲んでいるのだ。我々は、自然状態では決して行うことのないはずの「罪深い行動」を、都市という檻の中に入れられたために、否応なしに演じさせられる動物なのかもしれない。
このように見ることは、キリスト教がそうするように、人間の「罪深い行動」は我々に与えられた(ことになっている)「自由意志」や「原罪」が原因だと考えるより、少なくとも科学的であると私は思う。そして私は、その方が、人間に対する見方が暖かいと考える。なぜならば、こういう見方をすれば、「罪深い行動」をする人間が本質的に「罪深い」からではなく、環境がそうさせたのだという立場を取れるからである。
しかし、追々述べようと思うが、実際はそれほど単純ではなく、実は「罪深い行動」の原因全てを「文明/都市」という抑圧に帰することはできない。しかし、それについての話はまた別の機会に譲ることとする。
蛇足だが、多くの人が指摘しているように、仏教、キリスト教、イスラム教という世界宗教の成立が、都市の成立と深く関連して生まれているのは示唆的である。これらの宗教は、本来人間の生きる場所でない「都市」という環境で、どうやって人は生きるべきかという教えであるように私には思えるのである。
【参考文献】
本稿は、その記述の多くを「人間動物園」(デズモンド・モリス著、矢島剛一訳(新潮選書))に負っている。デズモンド・モリスは、動物行動学の立場から現代文明に対して非常に示唆的な言説をわかりやすく説いてくれる。一読して損のない本である。また、モリスの「裸のサル」(日高敏隆訳)も人間の本質を概観できる快著。あわせて目を通したい。
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