- 人間の「序列」の本能は一体どういうものなのか。なお、ここでの「序列」の定義は、「意志決定の優先順位」であるということとする。
- 基本的には、人間はできれば「序列」を上げたいと思っているが、なぜ「序列」を上げたいのか。
- 序列を上げる理由は、まずは生殖と関連している。とすると、男と女では生殖の戦略は異なっているので、その理由は男女で異なる。「序列」には、「男の序列」と「女の序列」の2種類があるのだ。
- 「男の序列」の説明。オスにとって生殖の成功とは、より多くのより魅力的なメスと交尾し、多くの強い子孫を残すことだ。そして、「序列」が高ければ高いほど、より多くの魅力的なメスと交尾できるので、男は本能的に、単純に「序列」を上げたがるはずだ。(ただし、序列が高ければ高いほど(そのコストに見合うだけの)メリットがあるかどうかわからない。)
- 「女の序列」の説明。メスの場合は、自分が産む子供の数には限界があるし、出産と子育てには多くのコストがかかる上、配偶者獲得に必死になる必要もない。だからメスにとっての生殖の成功は、少数の自分の子孫が成功する、という少数精鋭的なものであるはずだ。つまり、女にとっての生殖の成功は、ある程度その子供の成功に依存する。
- だから、女にとっての有効な戦略の一つは、「自分の子供、特に男の子を厚く支援すること」 である。なお、女の子にはコストを掛けても掛けなくてもある範囲の生殖上の成果しか期待できず、女の子への投資効率は男の子に比べて悪い(あくまでも狩猟採集社会での話)。
- 息子の「序列」を高めるように努力する母親は、そうしない母親より適応度(子孫の数)が高いだろう。そして、息子の「序列」を高める方法の一つとして、自らの序列を高め、自分が息子の後ろ盾になるということがある。つまり、母親は息子の序列を上げるために、自分の序列を上げたがるのだ。
- この考え方は、生殖能力を失った個体や特定の配偶者を持つ個体が「序列」を高めたがる理由も、生殖の観点から説明する。つまり、自分の子供がより成功するように(それが男の子の場合は「序列」が高くなるように、それが女の子の場合は「序列」が高い男と「結婚」できるように)、自分自身の「序列」を高めるインセンティブがあるということだ。
- なお、女が自分の序列を高める安直な手段は、序列の高い男の妻になることだ。だから、女はより序列の高い男に惹かれる。ただし、女は男の序列だけを見ているわけではない。
- 「序列」が意志決定の優先順位ならば、「序列」を高めるということは、強力な後ろ盾を得て政治力を高めるということだ。すなわち、人間社会における「序列」とは「政治」であり、我々は「序列」を高めたいという本能的欲求を持っている以上、生来政治的なのである。
前回は、人間は元々「序列」への執着が強くない、と述べた。しかし、人間の「群れ」=人間社会には「序列」がないわけではない。むしろ、他の動物には見られないほどの激しい格差が人間社会には存在する。人間の「序列」の本能は元来弱いものであるが、今回はそれが一体どういうものなのか論じたい。
まず、今更ながら、本稿でいう「序列」とは何かを定義しておこう。動物の社会での「序列」は単純で、一番簡単に「序列」を表現すると、「生殖における優先順位」のことである。つまり、「序列」が上の個体ほど、より多くの、あるいは一番魅力的なメス(あるいはオス)を獲得できるということである。こう書くと、あたかも「序列」は一方の性だけのもので、もう一つの、選ばれる方の性には序列が存在しないように聞こえるが、単純にそうとは言えないということは後で述べる。
動物の社会において、「序列」を生殖との関係で定義づけられるのは、基本的には動物の群れを構成するメンバーは全て生殖能力を持った個体だからである(野生動物には、「閉経」はない)。そういうわけで、この定義は人間社会にはマッチしない。人間の社会では、生殖能力をなくしたような長命の個体もいるし、それ以上に、決まった配偶者が既にいる場合は、群れでの「序列」と生殖との関係は弱い。
そこで、もう少し「序列」を一般的な形で定義する必要がある。動物の社会でも、「序列」は結局は生殖に結びつくにしても、生殖と直接の関係がない面(例えば、食料の分配)でも影響があるので、正確に定義づければ、「序列」とは「資源配分の優先順位」に他ならない。メス(あるいはオス)や食料、快適な寝床はある意味で「資源」であり、それを優先的に使用できるのが「序列」が高い個体である。この定義は人間にも多くの場面で当てはまるけれど、それでもやはりぴったりとはいかない。例えば、原始的な狩猟採集生活を送っている民族では、かなり平等に資源は配分されているし、必ずしも長老や酋長といった人物が、バンド(小集団)で一番の物持ちというわけではない。むしろ、資源を(無私の立場で)平等に分配することがリーダーの役割である場合だってあるので難しい。
つまり、人間の場合は、単に資源配分を多く受けるというような利益をボスが享受するわけではない。むしろ、ボスがボスである所以は、人間の場合はその「群れ」で最も大きな「意志決定の権利」を持っているからであると考えられる。「序列」が上の個体ほど、その意志決定が尊重されるというのは、かなり一般的に人間社会に当てはまるのではないだろうか。そこで、ここでの「序列」の定義は、「意志決定の優先順位」であるということにしよう(この定義は、人類学や動物学等で承認されたものではなくて、あくまで本稿での定義である)。
さて、人間は本能的に「序列」を上げようとする動物なのだろうか。これについては、前回随分詳細に論じたが、実は、前回の議論「ボスになりたがるのか」ということであって、「序列」を上げるということはまた微妙に違う話である。ただ、その議論の殆どは、「ボス」だけでなく、「序列」という用語に一般化することが可能なので、今回はまず結論だけ簡単に述べたい。
つまり、その結論とは「人間は、できれば「序列」を上げたいと思っているが、そんなに「序列」に執着しているわけではない」ということだ。そんなに「序列」に執着しないという点は既に強調しすぎるほど強調したので、なぜ「序列」を上げたいのかということが今回のテーマだ。
さて、序列を上げる理由としては、まずは生殖との関連である。序列が上の個体は、より魅力的な個体や多くの個体とつがうことができるから、「序列」はできるだけ高い方がいい。
しかし、それが「序列」を高める理由だとすると、生殖能力を失った高齢な個体や、既に特定の配偶者がいる個体は「序列」に執着する理屈はないことになる。このことを、単に「文明化後、人間が長生きしすぎるようになったからそういう個体が生まれたのだ」として説明することもできる。つまり、自然状態では、そんな高齢の個体は存在しなかったし、特定の配偶者との関係(例えば、「一夫一婦制」)などなかったのだ、という考え方だ。確かにそういう考え方もできるが、敢えて「文明化」を持ち出さなくとも、生殖能力を失った個体や特定の配偶者が「序列」を高めたがる理由は、生殖の観点から説明できるということを後で述べる。(ちなみに、人間は文明化以前も割と長生きだったし、おそらく一夫一婦制的なものもあったと考えられる理由があるが、それは別の機会に述べたい。)
さて、「序列」を高めたがる理由が基本的には生殖だ、とすると、その論理は男と女で違うはずである。なぜなら、男と女では生殖の戦略は異なっているからだ。すなわち、「序列」には、「男の序列」と「女の序列」の2種類があるのだ。
まずは、簡単な方の「男の序列」から議論しよう。オスにとって生殖の成功とは、より多くの、そしてより魅力的なメスと交尾し、多くの、そして強い子孫を残すことである。だから、「序列」が高ければ高いほど、より多くの魅力的なメスと交尾できるとすれば、オスは「序列」を上げたがるだろう。
前回は、人間の場合はその相関は弱いから(リーダーの女が常に一番の美人というわけではない!)、「序列」を上げることにそんなに大きなエネルギーを費やさないだろうと指摘したけれど、相関は弱いとはいえ、ある程度の関連性は否定できない。なぜなら、「序列」が上なら基本的に多くの資源を使うことができるからだ。男と女の性戦略は別の機会で詳しく論じようと思うが、基本的に女が男に対して「本能的に」求めるのは、「より多くの資源」である。だから、「序列」が上ならより多くの資源が期待でき、より多くの、より魅力的な女にアピールするのは間違いない。そして、後で述べるが、「序列」にはそれ自体の価値もある。
つまり、男は本能的に、単純に「序列」を上げたがるはずなのだ。とはいえ、何度も繰り返すように、だからといって「序列」の競争が激化することはあまりない。なぜなら、特に狩猟採集生活の場合は、多くの妻を娶ることは不可能だ。であれば、先ほどの「より多くの、魅力的なメス」という高い序列のメリットのうち、「より多くの」というのには自然状態では自ずから限界がある。「魅力的なメス」の方はもっと複雑で、チンパンジーの世界でも好き嫌いの好みがあるくらいだから、人類の原始状態においても、単に序列が高いオスが最も魅力的なメスとつがったかはよくわからない。だから、序列が高いことのメリットは確実にあるが、序列が高ければ高いほど(そのコストに見合うだけの)メリットがあるかどうかわからないのだ。
とはいうものの、生殖と「序列」との関係は、経験的には腑に落ちるものがある。「英雄色を好む」というし、(伝説にあまり脚色されていない)近年の偉人の多くが、かなり好色であるということも思い起こされる。彼らは、高い地位に上り詰める前から、性的放縦や強い性的衝動を抱えている場合が多く、必ずしも高い地位にあることが性的冒険に精を出した理由ではなく、むしろ逆に、有り余る性的エネルギーを建設的な方向に変換できたことが成功の秘訣であったように思われる。
次は、「女の序列」である。メスにとっての生殖の成功とは何だろうか。オスの場合は、より多くの、より強い子孫を残すことだと述べたけれど、この戦略目標は、メスには当てはまるようでいて当てはまらない。なぜなら、メスにとっての子孫とは、一義的には自分の子どもに他ならない。そして、自分が産む子供の数は、どんなに頑張ってもある程度以上にはならないことは自明だし、出産と子育てには多くのコストがかかる以上、単に多くの子どもを産めばいいという話ではない。だから、自然とメスにとっての生殖の目標は、「より多く、より強い子孫」というよりは、むしろ少数精鋭的なものになると考えられる。
さらに、オスと違って、メスの場合は、そう望みさえすれば自分の子孫を残すことができる。なぜなら、オスの戦略が「より多くの、より強い子孫」を残すことなので、オスの生殖行動は乱交的な面がある。つまり、直接的に言うと、交尾させてくれるなら誰でもいいというオスが存在する。だから、その質に拘らなければ、メスはいつでも交尾可能であり、オスと違って配偶者獲得には必死になる必要はないのだ。
このように書くと、先ほど「選ばれる方の性には序列が存在しないように思われる」と述べたように、あたかもメスは序列に関心がないかのように感じられるが、話はここからである。確かに、セイウチのような群れだと、メスに序列があるようには思えない。競争に勝った序列の高いオスが多くのメスを「所有」するハーレム式の群れを作るセイウチのメスには、基本的に序列を高めるメリットがない。しかし、ヒトの群れではもっと複雑である。女性には、ちゃんと序列を上げるメリットがあるのだ。
それは、先ほど「メスにとっての生殖の戦略目標は、少数精鋭的なものだ」と述べたことと関係がある。ここでいう「少数精鋭」とは具体的に何を意味するかというと、自分の子供が「より多くの、より強い子孫を再生産する」ということである。つまり、女にとっての生殖の成功は、ある程度その子供の成功に依存する部分があるのだ。
なお、生殖の成功は子供の成功に依存するというロジックは、男にも当てはまるのではないかと思われる方もいるだろうが、男の生殖戦略は少数精鋭的なものになりにくい。なぜなら、男の場合は、配偶者との間に生まれた子供が自分の子供ではないというリスクが常に存在している。だから、特定の子供に(少数精鋭的に)コストを費やして、その子供が「より多くの、より強い子孫を再生産する」という生殖上の成功を収めたとしても、もしかしたらそれは自分の本当の子供ではないかもしれないのだ。そのリスクを回避するため、どうしても男の生殖戦略は乱交的、粗製濫造的になることになる。つまり、男の場合は、子供が生殖的に成功するかどうかをいちいちかまっているのはリスキーなのだ。それよりも、自分自身が「より多く、より強い」子孫を残せるように努力する方が理にかなっている。(もちろん、DNA鑑定の技術が確立している現代ではこのロジックは当てはまらないが、本稿は、人間生来の生き残り戦略について論じているので、狩猟採集社会での話だと理解してほしい)
さて、話を元に戻すと、女にとっての生殖の成功が、その子供の生殖の成功に依存する部分があるならば、女が取るべき有効な戦略は、端的に言えば「自分の子供が成功するように支援すること」である。もっと正確に言うと、「自分の子供、特に男の子を厚く支援すること」である。なぜなら、先ほど述べたように女は配偶者獲得に必死になる必要がなく、しかも出産できる子供の数には限界がある。要するに、女の子にはコストを掛けずに一定の生殖上の成功が期待できる一方で、いくらコストを掛けても、その成果(子孫の数)には限界がある。つまり、女の子への投資効率は男の子に比べて悪いのだ(これは、あくまでも狩猟採集社会での話であることに注意。現代社会で女の子への投資効率が低いとは思えない)。
では、母親が「男の子供を支援する」とは具体的には何を表しているのだろうか。もちろん、十分な食料を与えるであるとか、生きるための技術を与えるといったことも重要である。しかし、本稿の主題である「序列」も生殖とは相関している。序列が高い男がより多く、より魅力的な女を娶るチャンスがある以上、息子の「序列」を高めるように努力する母親の適応度(子孫の数)は、そうしない母親の適応度より高いだろう。
そして、息子の「序列」を高める方法の一つとして、自分自身(母親)の序列を高めるという方法がある。つまり、自分が息子の後ろ盾になるということだ。
ここで、ボノボの社会を例に出そう。前回、ボノボの社会はチンパンジーに比べて競争的でないと述べたとおり、ボノボではオス同士の激しい競争はあまり見られない。しかし、やはり群れでの序列は存在しているのだが、この序列の決まり方がなかなか面白い。かなり多く観察される現象が、まず母親の序列が上がってから、息子の序列が上がる、ということなのだ。つまり、ボノボのオスの序列は、母親の後ろ盾にある程度依っているみたいなのだ。
この構造が、ヒトにも共通なのかどうか、厳密には証明できないけれど、私は、「母親は息子の序列を上げるために、自分の序列を上げたがる」ということは、歴史が証明しているのではないかと思うのだ(例えば、西太后)。ただし、同様に歴史が証明していることは、(息子より)娘をかわいがる母親も結構いるということなので、この仮説は物事の一面を表しているにすぎないことにも注意する必要がある。
なお、この考え方は、先ほど問題提起した「生殖能力を失った個体や特定の配偶者が「序列」を高めたがる理由」を生殖の観点から説明する。つまり、生殖の成功とは、自分自身の生殖の成功に限らないのだ。生殖能力を失った個体や既に特定の配偶者がいる個体にとっては、「より多くの、より強い子孫」を残そうというインセンティブは弱い。だから、男も女も少数精鋭的な戦略に傾く。つまり、今いる自分の子供(や親戚の子供)ができるだけ成功するように努力する。そういうわけで、自分の子供がより成功するように(男の子の場合は「序列」が高くなるように、女の子の場合は「序列」が高い男と「結婚」できるように)、自分自身の「序列」を高めるインセンティブが生じるのだ。
さて、女が自分の序列を高める安直な手段は、序列の高い男の妻になることである。だから、女はより序列の高い男に惹かれるのだと考えられる。先ほど、「男の序列」の説明の中で、「序列」にはそれ自体の価値もあると述べたのはこのことである。しかし、ここで留意する必要があるのは、女が男に対して求めるものは、基本的には「より多くの資源」であるということである。つまり、いくら序列が高い男でも第2婦人、第3婦人では、多くの資源を期待することができない。だから、序列が少々低い男でも、一夫一婦的な関係を保障する男の方が夫として魅力的な場合もある。そういうわけで、何度も強調している通り、序列と生殖との相関は弱いのだ。
ところで、女でも男でも、序列を上げる方法は具体的には何だろうか。霊長類以外の動物で考えると、単純に喧嘩が強いとか、体が大きいといったことが序列を決める要素になるので非常にわかりやすい。しかし、霊長類での序列はそんなに簡単には決まらない。特に、私は先ほど「序列」を「意志決定の優先順位」として定義づけておいたが、これは何により決定づけられるものだろうか。
先ほど、ボノボの場合はある程度母親の序列が息子の序列に影響していると述べたけれど、霊長類の順位はかなり複雑なシステムである。チンパンジーの群れの場合は、序列を決める大きな要因は誰を見方につけているか、ということであるように思われる。若いオスは技術(喧嘩の技術だけでなく、群れのメンバーの”心”を掴む技術)はないが戦いの体力はある。一方で、老獪なオスは、技術は高いが体力的には若いオスに劣る。例えば、この2匹が協力して、若く技術もある現体制のボスを倒すというようなことが、チンパンジーの群れでは起きる。つまり、チンパンジーの群れでは合従連衡がポイントなのだ。これを政治と言っても言い。
ヒトの群れでも同じである。「序列」が意志決定の優先順位ならば、「序列」を高めるためには、自分の意志に従ってくれる多くの人間、あるいは「群れ」での重要な人間を仲間にする必要がある。つまり、強力な後ろ盾を得た人間の序列は高まる。しかも、チンパンジーの場合は、結局は実力行使(つまり喧嘩)でボスが決まることが多いが、人間の場合、喧嘩のようなことで序列が決まる場合はほとんどない(子供とか、一部の暴力的な社会の場合だけだろう)。むしろ、後ろ盾の強力さだけで序列が決まってしまうことが多い。つまり、人間が「序列」を高めるには、政治力を高める必要があるのだ。もっと乱暴に言うと、人間社会における「序列」とは「政治」であり、我々は「序列」をある程度高めたいという本能的欲求を持っている以上、人間は生来政治的なのである。すなわち、ヒトは、ホモ・ポリティクスなのだ。
「ドラえもん」で、スネ夫がエラそうにしているのは、ジャイアン(群れのボス)の後ろ盾を(おもちゃやお菓子で)買っているからだが、これは人間の「序列」の本質を突いていると言えよう。なお、人間が生来政治的であるということは、様々な帰結をもたらすように思われる。例えば、我々が他人の対立を好むというのは、ゴシップ的興味の他に、政治的ニッチを得るチャンスとしての関心があるのではないかと考えられる(つまり、漁夫の利を得ようとしている、ということ)。ただ、このテーマは「序列」という範囲で扱える内容ではないし、私自身まだ整理できていない問題なので、考えがまとまってから書くこととしよう。
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